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最近の研究成果をいくつか紹介します.

高いトポロジカル数をもつ磁気スキルミオン

 物質中を運動する電子がもつスピンが作る渦構造の一種である磁気スキルミオンは,そのトポロジカルな性質に守られた堅牢さや,磁場・電場に対する応答の多様性などから,新しい磁気デバイスへの応用が期待されている.これまで,磁場中で安定なトポロジカル数が1の磁気スキルミオンが精力的に調べられてきたが,応用の可能性を広げていく上で,新しいタイプの磁気スキルミオンの開拓が望まれていた.そこで我々は,磁性金属に対する基本的な理論モデルに立ちもどり,その性質を大規模数値シミュレーションによって詳細に調べた.その結果,これまで知られていなかったトポロジカル数が2の磁気スキルミオンが,磁場のない状態でも安定に存在することを見出した.さらに,従来より高いトポロジカル数を反映して,磁場によるトポロジーの多段スイッチングが可能なことも明らかにした.本研究の結果は,微小磁場による多値メモリ動作といった新しい応用へ向けた学理の確立につながることが期待される.
反強磁性正四角台塔系の磁化過程と電気磁気応答

 空間反転対称性と時間反転対称性がともに破れた系では,しばしば電気と磁気の交差相関(線形の電気磁気効果)が現れる.そのような興味深い物性の新しい舞台として,近年合成された銅酸化物Ba(TiO)Cu4(PO4)4が注目を集めている.この物質の結晶構造は,正四角台塔型の低対称なユニットからなるため,局所的に空間反転対称性を破っている.また,銅イオンに局在する電子のスピンが低温で磁気秩序を示すことで,時間反転対称性も破れる.これらにより,四極子型と呼ばれる電気磁気効果が発現し,誘電異常が観測されている.本研究では,東京大学物性研究所で測定された磁化曲線を再現する有効理論模型の構築を行った.その結果,正四角台塔系の低対称な構造に起因した反対称スピン間相互作用(Dzyaloshinskii-Moriya相互作用)が重要な役割を果たしていることを明らかにした.得られた模型をさらに解析して温度-磁場相図を計算し,5種類の異なる反強磁性相が安定化されることを予言した.それぞれの相では異なる誘電特性が予想されることから,現在高磁場領域を含めたさらなる実験的検証が行われている.
Y. Kato, K. Kimura, A. Miyake, M. Tokunaga, A. Matsuo, K. Kindo, M. Akaki, M. Hagiwara, M. Sera, T. Kimura, and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 118, 107601 (2017)
分数化したスピン揺らぎ

 スピンの分数化は量子スピン液体が示す顕著な特徴なひとつである.スピンの分数化によって創発される分数励起は,そのタイプに応じてそれぞれ特徴的なエネルギースケールをもつ.そのため,量子スピン液体状態におけるダイナミクスだけでなく,その近傍の常磁性状態においても熱力学やスピンダイナミクスに大きな影響が現れることが予想される.そこで我々は,基底状態が厳密に量子スピン液体であるキタエフ模型に対して,有限温度におけるスピンダイナミクスの計算を行った.量子スピンが分数化して生じるマヨラナ粒子に基づいた新しい数値計算手法として,クラスタ動的平均場法と連続時間量子モンテカルロ法を開発して適用することで,動的スピン構造因子,核磁気共鳴における磁気緩和率,帯磁率の温度依存性を明らかにした.その結果,量子スピン液体近傍の常磁性状態に現れる顕著な特徴として,静的なスピン相関と動的なスピン相関が乖離する振る舞いを見出した.これらの結果は,これまで静的な物理量の温度依存性の計算ですら難しかった量子スピン液体の有限温度ダイナミクスを系統的に調べた初めての成果である.
J. Yoshitake, J. Nasu, and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 117, 157203 (2016)
スピンの分数化によるフェルミ粒子的な励起

 量子スピン液体は,強い量子揺らぎと多体効果によって引き起こされる新奇な量子無秩序状態である.精力的な探索によりその候補物質が発見され続けているが,理論的にはその取り扱いに困難が伴うため,実験結果と直接比較可能な有限温度での理論計算はほとんど行われてこなかった.そこで我々は,基底状態が厳密に量子スピン液体となるキタエフ模型に対して磁気ラマン散乱スペクトルを計算し,候補物質のひとつであるルテニウム化合物の実験結果と比較した.その結果,散乱強度の温度変化がフェルミ粒子的に振る舞うことを見出した.この結果は,量子スピン液体の素励起が通常のスピン励起とは異なり,スピンが分数化して創発したマヨラナ粒子であることを意味している.さらに,この計算結果が10K程度の低温から室温に至る温度範囲で実験結果と定量的に一致することから,実際の物質中でも創発マヨラナ粒子がこの広い温度範囲で存在していることが強く示唆される.ここで行った理論と実験の比較は,他の量子スピン液体の候補物質にも応用可能であるため,今後量子スピン液体の実証方法として広く用いられていくことが期待される.
求 幸年:東京大学大学院工学系研究科 プレスリリース [詳細] [UTokyo Research]
J. Nasu, J. Knolle, D. L. Kovrizhin, Y. Motome, and R. Moessner, Nature Physics 12, 912 (2016)
量子スピンの熱的な分数化

 ある磁性体が量子スピン液体状態であることを示すことは大変難しい.なぜなら,量子スピン液体は絶対零度まで対称性の破れや磁気秩序を示さないため,「悪魔の証明」と呼ばれる不在証明を迫られるからである.この困難を避けるために,量子スピン液体が示す顕著な特徴のひとつであるスピンの分数化を捉えようとする努力がなされてきた.スピンの分数化とは,本来それ以上分割できない基本的な自由度のひとつである電子がもつスピンという自由度が,いくつかに分裂したように見える現象のことである.これは,分数量子ホール状態における電荷の分数化のスピン版ともいえる.我々は,基底状態が厳密に量子スピン液体であるキタエフ模型に対して量子モンテカルロ法を適用することで,スピンの分数化が熱力学量にどのように現れるかを明らかにした.最も顕著な特徴として,分数化したスピンが大きく異なった温度領域でエントロピーを逐次的に解放する振る舞いを見出した.これらの結果は量子スピン液体の実験検証をさらに加速させるものである.
J. Nasu, M. Udagawa, and Y. Motome, Phys. Rev. B 92, 115122 (2015)
カイラルスピン液体が示す有限温度相転移

 時間反転対称性が破れているにもかかわらず磁気秩序を伴わないカイラルスピン液体は,新奇な量子状態として長年精力的に研究されてきた.特に近年では,フォールトトレラントな量子計算の演算要素として期待されている非可換エニオンを実現する舞台として注目を集めている,しかし,量子計算の実現にも重要となる熱揺らぎの影響を含めた有限温度における振る舞いはほとんど調べられていない.そこで我々は,カイラルスピン液体を基底状態にもつdecorated honeycomb格子上のキタエフ模型に対して,量子モンテカルロ法を適用し,その有限温度の性質を調べた.その結果,カイラルスピン液体は熱揺らぎに対して安定に存在し,高温の常磁性状態とは相転移によって隔てられていることを見出した.また,その相転移の性質がカイラルスピン液体の素励起であるエニオンの統計性に依存していることも明らかにした.本研究の成果は,磁性物理学のみならず,非可換エニオンを用いる量子情報の分野に対しても波及効果が期待される.
量子スピン液体の"気液"相転移

 通常磁性体は,高温ではスピンが無秩序な常磁性となり,ある温度以下ではスピンが規則的に配列した磁気秩序を示す.前者は,物質の三態のうち「気体」に対応し,後者は「固体」に対応する.1973年にP. W. Andersonは,スピンが無秩序ながらも強い相関を保った「量子スピン液体」という新奇な量子状態を提唱した.この状態は現在もなお実験理論ともに最前線の研究課題であるが,その熱力学的性質の理論的解明は手付かずに等しい状態にある.そこで我々は,基底状態が厳密に量子スピン液体となる3次元キタエフ模型に対して,マヨラナ粒子表示を用いた量子モンテカルロ法を新たに開発し,有限温度の解析を行った.その結果,高温の常磁性状態と低温の量子スピン液体の間には有限温度相転移が存在することを見出した.また,この相転移が励起状態のトポロジーの変化として特徴付けられることも明らかにした.これらの結果は,量子スピン液体と常磁性状態の間の断熱的な接続を仮定したこれまでの実験研究に対して一石を投じるものである.
求 幸年:パリティ 31, 1月号 p22 (2016)
那須 譲治,宇田川 将文,求 幸年:日本物理学会誌 70, 776 (2015)
求 幸年:パリティ 30, 10月号 p36 (2015)
J. Nasu, M. Udagawa, and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 592, 012115 (2015)
求 幸年:東京大学大学院工学系研究科 プレスリリース [詳細] [UTokyo Research]
J. Nasu, M. Udagawa, and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 113, 197205 (2014)
J. Nasu, T. Kaji, K. Matsuura, M. Udagawa, and Y. Motome, Phys. Rev. B 89, 115125 (2014)
隠れた反対称スピン軌道相互作用が引き起こす非従来型多極子秩序と非対角応答

 空間反転対称性が破れた系におけるスピン軌道相互作用は,非従来型の超伝導やマルチフェロイクスなど,多くの興味深い現象を引き起こすことから,精力的な研究対象となっている.ここで鍵となるのは,空間反転対称性の破れのもとで生じる反対称スピン軌道相互作用である.近年,反対称スピン軌道相互作用の発現には,必ずしも系の大域的な空間反転対称性の破れは必要ではなく,原子サイトにおける局所的な反転対称性の破れに伴う局所的なパリティ混成が本質的であることが指摘された.そこで我々は,こうした局所的なパリティ混成がもたらす物理のうち,特に遍歴電子系に現れる新奇な量子現象に着目した研究を行った.その結果,従来は絶縁体において議論されていたトロイダル秩序が金属においても実現し,新奇な磁気伝導や電気磁気効果を誘起することを明らかにした.また,電荷・スピン・軌道秩序による自発的な空間反転対称性の破れが,サイトに依存する形で隠れていた局所的な反対称スピン軌道相互作用を活性化し,スピン分裂を伴うバンド構造の変化や電気磁気効果をもたらすことを明らかにした.本研究は,局所的なパリティ混成による新しい電子秩序相とそれに伴う輸送・応答現象の先駆けとなるものである.
速水 賢, 楠瀬 博明, 求 幸年:固体物理 50, 217 (2015)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, J. Phys. Soc. Jpn. 84, 064717 (2015)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 592, 012131 (2015)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 592, 012101 (2015)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, Phys. Rev. B 90, 081115(R) (2014)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, Phys. Rev. B 90, 024432 (2014) [Editors' Suggestion]
立方格子上に現れる非共面磁気秩序と3次元ディラック電子

 異なる波数をもつ複数の秩序の重ね合わせで構成される多重Q磁気秩序は,しばしば非共面的な磁気構造を示すとともに,トポロジカルに非自明な状態や新しい低エネルギー励起を生み出すことから注目を集めている.我々は,幾何学的なフラストレーションによらない多重Q磁気秩序の発現可能性を調べる目的で,立方格子上の非共面的な磁気構造を理論的に調べた. その結果,立方格子上では,三重Q磁気秩序が三次元ディラック型の線形分散をもたらすことを見出した. 同時に,ギャップレスな表面状態が現れること,外部磁場のもとでワイル半金属が現れること,適当な摂動のもとでトポロジカル絶縁体が得られることを明らかにした.さらに,この三重Q秩序が,近藤格子モデルや周期的アンダーソンモデルといった遍歴電子モデルで安定に現れることを示した.これらの結果は,この非共面的な磁気構造の実現には,幾何学的フラストレーションというよりも,むしろ電子の遍歴性が重要な役割を果たしていることを意味している.
S. Hayami, T. Misawa, Y. Yamaji, and Y. Motome, Phys. Rev. B 89, 085124 (2014)
S. Hayami, T. Misawa, and Y. Motome, JPS Conf. Proc. 3, 016016 (2014)
パイロクロアモリブデン酸化物におけるスピン軌道フラストレーション

 パイロクロアモリブデン酸化物A2Mo2O7は,金属絶縁体転移やそれに伴う非従来型の磁性現象を研究する格好の舞台である.絶縁体の系では,長距離磁気秩序が抑制され,低温でスピンがランダムな向きに凍結するスピングラス転移が現れる.長年,長距離秩序の不在は,パイロクロア格子上のスピン間に働く等方的な反強磁性交換相互作用による幾何学的なフラストレーションのためと考えられてきた.近年,Y2Mo2O7の単結晶サンプルを用いた中性子散乱実験において,弱い強磁性スピン揺らぎの存在が報告されたことにより,スピングラス的振る舞いの起源に関する従来の描像は再考が迫られている.我々は,スピン軌道相互作用を取り込んだ最先端の第一原理計算を行うことで,反強磁性と強磁性状態が絶縁相の基底状態として拮抗していることを見出した.さらに,局在スピン模型と多軌道ハバード模型の解析を行い,この磁気的競合が,スピン軌道相互作用を通じて軌道秩序間の競合と結合していることを明らかにした.軌道自由度起因の磁気競合というこの新しい描像は,最新の実験結果を説明する.
H. Shinaoka, Y. Motome, T. Miyake, and S. Ishibashi, Phys. Rev. B 88, 174422 (2013) [selected in Kaleidoscope]
近藤格子系における電荷秩序

 量子的な局在スピンと伝導電子が結合した近藤格子モデルは,重い電子系を記述する最も基本的なモデルのひとつであり,そこで現れる新奇量子相の発現可能性をめぐって研究が活発に行われている.とりわけ電子が周期的に整列する電荷秩序相の存在は,約30年前に指摘されたものの,1次元,無限次元という特殊なケースを除いて,その発現可能性は未解決問題であった.我々は,クラスタ動的平均場理論と多変数変分モンテカルロ法という二つの最先端の数値計算手法を相補的に用いることで,電荷秩序相が2次元でも存在することを明らかにした.さらにこの電荷秩序の発現には,局所的な近藤一重項の形成が本質的な役割を果たしていることを見出した.この結果は,近藤格子模型における電荷秩序相は,通常のサイト間のクーロン相互作用で誘起される電荷秩序相とは,全く異なる機構で生じていることを示している.さらに3次元系の解析も進め,この場合には電荷秩序のもとで磁気的なフラストレーションが生じ,非共面的な磁気秩序を伴うことも見出した.
T. Misawa, J. Yoshitake, and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 110, 246401 (2013)
S. Hayami, T. Misawa, and Y. Motome, JPS Conf. Proc. 3, 016016 (2014)
カゴメアイスが引き起こす量子異常ホール効果

 パイロクロア格子上のスピンアイスと呼ばれる磁性体では,[111]方向の磁場の下で磁化プラトー状態が現れる.そこでは,[111]カゴメ面内において局所的なスピン相関のみをもったカゴメアイスと呼ばれるスピン液体状態が実現していると考えられている.我々は,この特異なスピン状態が伝導電子に与える影響を調べる目的で,カゴメ格子上のスピンアイス的なイジング近藤格子模型を考え,その電子状態と伝導特性を数値的に調べた.その結果,カゴメアイス状態では,磁気秩序がないにも関わらず,電子状態に電荷ギャップが開くことが分かった.またこの状態が,ホール伝導度が量子化された量子異常ホール絶縁体であることも見出した.さらに磁場を印加すると,いったん電荷ギャップが閉じ,完全にスピン偏極した状態で再び電荷ギャップが開き,ホール伝導度が別の値に量子化される.この振舞いは,2つの異なるトポロジカル絶縁体の間の相転移として理解出来ることを示した.
H. Ishizuka and Y. Motome, Phys. Rev. B 87, 081105(R) (2013)
三角格子フェリ磁性体に現れるディラックハーフメタル

 2次元物質であるグラフェンは,線形分散を伴ったディラック電子と呼ばれる電子構造が実現していることから,その応用も含めて大きな注目を集めている.しかし,スピン軌道相互作用が非常に弱いことなどから,磁性の制御という観点では困難がある.我々は,全く異なる視点から,磁性制御の容易なディラック電子の可能性を調べた.具体的には,三角格子上で局在スピンと伝導電子が結合した系を考え,3副格子フェリ磁性が存在する場合に,線形分散をもったディラック電子状態が現れることを明らかにした.また,このディラック電子状態は,完全にスピン偏極したハーフメタルな状態であることも見出した.さらに,モンテカルロ計算による熱力学的相図の計算も行い,実際にこうしたディラックハーフメタル相が実現するパラメタ領域を明らかにした.このような新しいディラック電子状態の発見は,今後のスピントロニクスの発展に大きな寄与をすることが期待出来る.
H. Ishizuka and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 109, 237207 (2012)
三角格子上周期的アンダーソンモデルにおける金属的な部分無秩序

 これまでの我々の研究で,三角格子上の近藤格子モデル,周期的アンダーソンモデル,イジング近藤格子モデルにおいて,磁気秩序と非磁性サイトが共存した部分無秩序状態が発現することが分かってきた.しかし,いずれの状態も全て電荷ギャップの開いた絶縁体であった.一方,実験的に見出されている部分無秩序相は金属的である.従って,金属的な部分無秩序状態を理論的に見出すことは,実験結果を理解する上で重要な課題である.我々は,先の三角格子上アンダーソンモデルに対する平均場近似による研究を拡張し,ハーフフィリング以外のコメンシュレートなフィリング,およびその近傍のキャリアドープ領域を調べた.その結果,2/3, 8/3フィリングといったコメンシュレートフィリングではハーフフィリングと異なる部分無秩序状態が発現し,そこではキャリアドーピングによって金属的な部分無秩序相が安定に存在することを明らかにした.
S. Hayami, M. Udagawa, and Y. Motome, J. Phys. Soc. Jpn. 81, 103707 (2012)
三角格子イジング近藤格子モデルにおける部分無秩序

 幾何学的フラストレート系の最も基本的なモデルである三角格子イジングモデルでは,最近接の反強磁性相互作用のみを考えた場合,基底状態に巨視的な縮退が生じる.この縮退が解かれることで現れる非自明な状態のひとつに,磁気秩序と常磁性モーメントが共存した部分無秩序状態がある.しかし2次元では,部分無秩序は熱揺らぎに弱く長距離秩序として安定に存在しないことが知られていた.我々は,近年見出された擬2次元伝導系における部分無秩序状態の発現に刺激を受け,伝導電子と局在スピンの相互作用が部分無秩序状態を安定化する可能性を明らかにする目的で,三角格子上のイジングスピン近藤格子モデルの熱力学的性質をモンテカルロ計算を用いて調べた.その結果,このスピン電荷結合系では2次元でも部分無秩序状態が安定に存在することを見出した.またそこでは,電子密度の不連続性による相分離や,電荷秩序・電荷ギャップの形成を通じて,電荷自由度がその安定化に積極的な役割を果たしていることを明らかにした.
H. Ishizuka and Y. Motome, Phys. Rev. B 87, 155156 (2013)
H. Ishizuka and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 108, 257205 (2012)
フラストレート伝導系に潜む隠れた多スピン相互作用

 スピンスカラーカイラル秩序に起因した異常ホール効果が注目を集めている.我々は最近,最も基本的なモデルのひとつである三角格子上の近藤格子モデルにおいて,非共面的な4副格子スカラーカイラル秩序相が1/4フィリング近傍で安定化することを見出した.しかしこれは,従来のフェルミ面のネスティングによる機構では説明がつかないもので,その安定化機構が未解明であった.そこで本研究では,スピン電荷相互作用に関する摂動を4次まで調べることで,1/4フィリングスカラーカイラル秩序相の起源を調べた.その結果,2次摂動による有効交換相互作用(RKKY相互作用)にフラストレーションによる縮退が生じ,高次の4次摂動によって系の不安定性が決まることを見出した.4次摂動に現れる様々な有効多スピン相互作用のうち,正の双二次相互作用が発散的に増大することが分かった.これは高次のコーン異常と呼ぶべきフェルミ面効果である.これらの結果は,このような非自明な安定化機構が,フラストレート伝導系に広く潜んでいることを示唆している.
Y. Akagi, M. Udagawa, and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 108, 096401 (2012)
スピンアイス伝導系における抵抗極小現象

 スピンアイスと呼ばれる磁性体では,強い幾何学的フラストレーションにより長距離秩序の形成が抑制され,アイスルールと呼ばれる局所的なスピン相関のみをもったスピン液体的な状態が実現しうる.こうした特殊な空間相関をもった磁気構造と伝導電子が相互作用する系では,新しい伝導現象が期待出来る.我々は,スピンアイス的なイジングスピンと伝導電子が結合した近藤格子モデルをパイロクロア格子上で考え,その性質をクラスタ動的平均場法を用いて調べた.その結果,電子密度の低い領域において,アイスルール的な短距離相関をもったスピンアイス液体状態が実現し,局所相関の発達に応じて電気抵抗の温度依存性に極小が現れることを見出した.これは,特殊な磁気短距離相関が電子の散乱体として働くことを示しており,従来の近藤効果による電気抵抗極小現象とは全く異なる機構を与えている.これらの結果は,最近Irパイロクロア酸化物で見出されている抵抗極小を理解出来る可能性を示唆している.
M. Udagawa, H. Ishizuka, and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 108, 066406 (2012)
三角格子上周期的アンダーソンモデルにおける部分無秩序

 RKKY相互作用と近藤カップリングが競合する近藤格子系において,幾何学的フラストレーションがもたらす新しい量子状態が注目を集めている.その中で,フラストレーション解消のために,特定の副格子上でのみ磁気秩序が安定化した部分無秩序の可能性が実験・理論の両面から示唆されているが,その基本的な物性や発現機構などに未解明な点が多く残されている.そこで我々は,近藤格子系の最も基本的なモデルのひとつである周期的アンダーソンモデルを2次元三角格子上で考え,そのハーフフィリングにおける基底状態を平均場近似を用いて詳細に調べた.その結果,弱相関から中間領域にわたって,120°反強磁性金属相と近藤絶縁体相の間に電荷秩序を伴った部分無秩序相が現れること,部分無秩序相は絶縁体であること,部分無秩序相内で電子構造に特徴的なクロスオーバーが現れることを見出した.以前の近藤格子モデルにおける結果との比較から,部分無秩序の安定化に局在電子の電荷の自由度が重要な役割を果たしていることを明らかにした.
S. Hayami, M. Udagawa, and Y. Motome, J. Phys. Soc. Jpn. 80, 073704 (2011)
アイスルールに従う電荷フラストレート系における金属絶縁体転移

 氷におけるプロトンの配置にちなんで名付けられたアイスルールと呼ばれる局所拘束条件は,フラストレーションのある電荷秩序系においても電荷の配置に対する条件として現れる.こうした電荷フラストレート系における伝導特性は,理論・実験両面において興味を集めているが,その詳細はよく分かっていない.そこで我々は,アイスルールに従う局在粒子と伝導電子が相互作用した拡張Falicov-Kimballモデルを考え,種々のフラストレート格子上で電子状態および伝導特性を数値的に調べた.その結果,アイスルールの下では,バンド幅に比べてかなり小さな相互作用によって電子状態にギャップが生じ,伝導電子がアイスルール的に局在した電荷アイス絶縁体とでも呼ぶべき状態に転移することが分かった.特にパイロクロア格子上のモデルでは,ランダム系に見られるアンダーソン絶縁体を経ずに,金属から電荷アイス絶縁体に直接相転移する振る舞いが見られた.こうした振る舞いは,アイスルール特有のゲージ構造に起因した特殊な空間相関を反映していると考えられる.
H. Ishizuka, M. Udagawa, and Y. Motome, Phys. Rev. B 83, 125101 (2011)
パイロクロア反強磁性体におけるスピングラス転移とスピン格子相互作用

  多くのフラストレート磁性体では,最低温でスピンが凍結したスピングラス状態が現れる.通常,スピングラスは乱れの効果として現れるが,いくつかのパイロクロア反強磁性体では,ほとんど乱れのない良質なサンプルにおいても比較的高温でスピングラス転移が見られ,しかもその転移温度が乱れの強さにほとんど依存しない.こうした奇妙な振る舞いは従来のスピングラス理論では説明が難しい.そこで我々は,実験で示唆されているスピンと格子歪みの結合を取り入れたパイロクロアハイゼンベルグモデルを考え,ボンド長の乱れの効果をモンテカルロ計算によって調べた.その結果,スピングラス転移温度はスピン格子結合によって大きく増大するとともに,広い範囲にわたってほとんど乱れの強さに依存しない振る舞いを見出した.これは,スピン格子結合がスピンの共線性を誘起し,熱揺らぎを強く抑制するためと考えられる.得られたスピングラス転移は2次転移的で,その臨界性は従来のものと矛盾しない.これらの結果は,実験に見られる奇妙な振る舞いを良く説明する.
H. Shinaoka, Y. Tomita, and Y. Motome, Phys. Rev. B 90, 165119 (2014)
H. Shinaoka, Y. Tomita, and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 400, 032087 (2012)
H. Shinaoka, Y. Tomita, and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 107, 047204 (2011)
H. Shinaoka and Y. Motome, Phys. Rev. B 82, 134420 (2010)
H. Shinaoka, Y. Tomita, and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 320, 012009 (2011)
三角格子強磁性近藤モデルにおけるスカラーカイラリティ秩序と異常ホール効果

 近年,スピン軌道相互作用に依らない異常ホール効果の新しい起源として,スピンのスカラーカイラリティ秩序が注目を集めている.実際,カゴメ格子や三角格子における非共面的な磁気秩序が異常ホール効果を誘起することが指摘されてきた.しかし従来の研究では,磁気秩序は手で与えられており,伝導電子との結合による影響は無視され,他の磁気秩序との相対的な安定性は議論されていなかった.そこで我々は,三角格子上の強磁性近藤モデルに対して,4サイト単位胞までの様々な磁気秩序を考慮した変分計算を用いて,基底状態相図を詳細に調べた.その結果,従来指摘されていた3/4フィリング近傍だけでなく,1/4フィリング近傍にも4副格子スカラーカイラリティ秩序相が現れることを見出した.後者は,フェルミ面のネスティングに依る前者より広いパラメタ領域で存在する.これらの相は異常ホール効果を示し,特に絶縁体状態ではチャーン数に応じてホール伝導度が量子化される.
Y. Akagi and Y. Motome, J. Phys. Soc. Jpn. 79, 083711 (2010)
Y. Akagi and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 320, 012059 (2011)
フラストレート近藤格子系における部分近藤スクリーニング形成

 伝導電子と局在モーメントが相互作用する近藤格子系における最も重要なコンセプトのひとつとして,近藤カップリングとRKKY相互作用の拮抗がある.両者の拮抗は,磁気秩序状態とフェルミ液体状態の間に量子臨界点を形成するとともに,その周辺で非フェルミ流体的な振る舞いや超伝導といった非自明な挙動を引き起こす原因になっている.我々は,この拮抗に関連した新しい量子状態の探索を目的として,格子構造に幾何学的なフラストレーションを有する近藤格子系の基底状態を,主に高精度な変分モンテカルロ法を用いて調べた.その結果,RKKY相互作用による磁気秩序相と近藤カップリングによる近藤スピン液体相の間に,磁気秩序と近藤一重項が系に混在した部分秩序状態が現れることを見出した.この新しい量子状態が,量子揺らぎや磁気的な異方性によって安定化されることや,電荷不均化を伴っていることを明らかにした.
Y. Motome, K. Nakamikawa, Y. Yamaji, and M. Udagawa, Phys. Rev. Lett. 105, 036403 (2010)
Y. Motome, Y. Yamaji, and M. Udagawa, J. Phys.: Conf. Ser. 145, 012068 (2009)
Y. Motome, K. Nakamikawa, Y. Yamaji, and M. Udagawa, J. Phys. Soc. Jpn. 80, Suppl. A, SA133 (2011)
電荷アイス絶縁体の量子融解に伴う非フェルミ液体的挙動

 アイスルールは氷におけるプロトン配置やスピンアイス系におけるスピン配置などに広く見出される局所的な拘束条件である.この局所拘束条件は系全体に秩序をもたらすには不十分で,基底状態は巨視的な縮退を伴うことが多い.しかしこの無秩序状態は,完全にランダムなわけではなく,隠れたゲージ構造からくる特殊な空間相関を持つことが知られている.我々は,こうした特殊な空間相関が伝導電子に与える影響を調べる目的で,アイス的な局在粒子と伝導電子の結合を記述する拡張Faiicov-Kimballモデルを考え,このモデルがループ構造の無い四面体伏見カクタス格子上で厳密に解けることを見出した.局在粒子と伝導電子の相関の強い領域で1次元的な電子状態を伴った電荷アイス絶縁体が現れることを示し,それが量子的に融解する量子臨界点において非フェルミ液体的な挙動が現れることを明らかにした.
M. Udagawa, H. Ishizuka, and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 104, 226405 (2010)
スピンカイラリティによる重い電子的挙動

  スピネル酸化物LiV2O4などの遷移金属化合物が示す重い電子的挙動が注目を集めているが,その発現機構は未だに解明されていない.我々は,強い電子相関とフラストレーションの相乗効果に着目し,カゴメ格子上のハバードモデルの性質を,クラスター動的平均場法と連続時間量子モンテカルロ法を組み合わせて調べた.密度行列の詳細な解析から,電荷・スピン・カイラリティという3つの自由度に関するエネルギーの階層構造が現れ,最低温ではカイラリティの自由度が支配的であることを見出した.また,比熱及びエントロピーの解析から,カイラリティ自由度に関するエントロピーの解放プロセスとして,重い電子的挙動が現れることを明らかにした.これらの結果は,従来考えられて来たような,単に長距離秩序を抑制するという間接的な役割を超えて,フラストレーションがカイラリティという複合自由度の形成を介して新しい電子状態の形成に積極的に関与していることを示している.
M. Udagawa and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 104, 106409 (2010)
M. Udagawa and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 200, 012214 (2010)
パイロクロア二重交換モデルにおける相競合と相分離

 二重交換モデルは伝導電子と局在スピンの相関を記述する最も基本的なモデルのひとつとして,巨大磁気抵抗効果を示すマンガン酸化物系の研究において精力的に調べられ,強磁性金属と反強磁性絶縁体の間における多重臨界挙動や相分離といった興味深い性質が議論されてきた.しかし格子構造に幾何学的フラストレーションがある場合はこれまでほとんど調べられていない.我々は,強い3次元フラストレーションをもつパイロクロア格子上で二重交換モデルを考え,モンテカルロシミュレーションを用いて,有限温度における相競合の様子を調べた.その結果,フラストレーションのない場合には見られなかった性質として,反強磁性交換相互作用の増大に伴う強磁性金属状態(FM)の連続的な不安定化や,電子状態がほとんど温度に依存せずインコヒーレントな伝導特性をもつ新奇な常磁性金属状態(PM)の発現,強磁性金属と常磁性金属の間の相分離(PS)などを見出した.これらの結果が,Moパイロクロア酸化物系において圧力下で見出された新奇な物性を良く説明することを示した.

Y. Motome and N. Furukawa, Phys. Rev. Lett. 104, 106407 (2010)
Y. Motome and N. Furukawa, Phys. Rev. B 82, 060407(R) (2010)
Y. Motome and N. Furukawa, J. Phys.: Conf. Ser. 200, 012131 (2010)